私は私 あなたはあなた 私はあなた
母は子を10ヶ月間お腹の中で育てる。
自分が感じているよりもずっと強く深く
絆が結ばれる。
私は長男をお腹の中で21週(6ヶ月)で
亡くしている。
彼がお腹に宿ったのは、まだヨガに出会う前、私が俳優活動をしていた時で舞台の稽古中だった。
自分に自信がなくそのままの自分でいられず、それでいつも自意識が邪魔をして、自分自身と格闘し続けてきた俳優修行。
少しだけ乗り越えてようやく人様にお見せできるレベルになってきたかなという矢先の妊娠に戸惑う私がいた。
いつか子どもは欲しいという思いはあった。
でも、俳優はしばらくできなくなることがわかっているので、「今⁉︎」と、心の中の私は100%は喜んでいなかった。
しかし、半年の間に私は変化したらしい。
お腹の中の赤ちゃんの心臓が止まっていると医師から聞かされた時、今すぐ外に出さないと私の命が危なくなると聞いても、信じられず、調べ直して欲しいと何度も頼み激しく泣いて抵抗した。
本能的に赤ちゃんをお腹に留めておかないと死んでしまうと思った。
実際はすでに命を終えているのに、それを受け入れることが難しかった。
既に安定期に入っている時期で、つまりは赤ちゃんは小さいけれど体はほぼできあがっている。
外に出してあげるということが出産するという意味だと理解した時の感情、突然出産をしなければならなくなって、わけがわからないままうんだあの時間のこと、壮絶すぎて言葉では言い表せない。
赤ちゃんと会いますか?と聞かれて、
「無理です、会えません。」と言うと
「パパはもう会いましたよ。」と思いがけない言葉が帰ってきて、ハッとした。
自分の子どもの顔が見られないなんてあり得ない。
会って抱っこした。
「かわいい…」
男の子だった。
涙はずっと止まらない。
夫も泣いていた。
わたしのせいではない200人に一人ぐらいに起こる原因不明の例だと、医師や助産師から話して聞かされたけれど、自分を責め、夫以外の誰とも話せなくなり、浦安三社祭中も外に出られず
家に引き篭もった。
自分の感覚がやっと戻ったのは、第二子の雄仁が宿ってから。
雄仁は最短で私のところに来てくれた。
寝ない食べない、運動の発達だけは早く9ヶ月から歩き、いつも後ろを追いかけ回していた。
言葉も遅かったようだけど気にしてはいなかった。
ママ友からは、「ゆう君見ていると、ウチの子は楽なんだなと思う。」と言われた。
いわゆる育児書の発達の過程どおりでなくても、私は雄仁が元気でお互いを認識し合えているだけで大丈夫だった。
しかし、幼稚園に入園、小学校に入学、さらに中学高校、大きな社会の中ではたくさんの枠がありその枠内でいられないと生きづらい。
「人の何倍も何十倍も、声をかけ、手をかけ、心をかけています。」と、小学校5・6年の担任に言われた。
中学受験をした時は、中学受験に特化した進学塾で心身ともにやられてしまい、志望校にはことごとく落ちたけれど、合格した学校に自分の意思で入学。
しかし中1秋に、起立性調節障害を発症し、不登校に。
私たち家族は全面サポートし、不登校の子はそっとしておくべきというセオリーどおりにはせず、昼からでもできる限り付き添って登校した。
私の更年期と彼の思春期が正面衝突し、壁に穴は空くし、トイレのドアは壊れるし、私の人としての器が小さく、感心できる見守り方はできなかった。
コロナによる完全自粛巣ごもり生活の後、中3の6月に再び学校が再開した日から今まで皆勤している。
成績は落ちまくって、卒業できるように頑張っている状態。
剣道部では、高校から入部した同級生にレギュラーを奪われても、休まず厳しい稽古に出ている。
幼少期から手がかかり、グレーゾーンではないかと思いつつ、それでもいい、自分の生きる道は自分で見つけて欲しい、必要な時は親はサポートするゾと思っている。
産後、まだ赤ちゃんのうちから、運動や言葉など発達のタイミングが他の子と違うことで焦ったり、人に指摘されて心が乱れたりする。
母親は、子どもをお腹で育てるので子どもと同化しやすい。
私は私
あなたはあなた
でも、外側に貼りついた、人種や性別、立場、
その他もろもろを取り除いた、命や魂を見ると、
私はあなた
ヨガに出会えて、自分の体や心を私物化しないで、客観視する練習をしていると、
身近な他者である子どもに対しても、少しずつ親のエゴや他者からの評価を手放せるようになってきた。
専門家に相談する必要があればそうしよう。
たとえそれで問題があったとしても自分の子であり、育てていくことに変わりはない。
ひとりにならずにみんなで育てよう。
健常者、障害者という言葉も私は適当ではないと感じてしまう。
後から人間が勝手に作った枠なだけで、生きている命のレベルでは同じじゃないか。
確かに、親はたくさんサポートする必要があると思う。
実際にそれを経験していない人間が軽々しく言うことではないかもしれないけれど、子どもと一緒にいられる時間は限られている。
いつか別れる時がくる。
極端に言うと、子どもを産んだらすぐ死んでしまう生き物もある。
生きていてくれるだけでいいと思えた時を忘れてはいけない。
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